デイジーの花。

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知り合いに霊視の眼(人の未来や過去が見えるとか、おばけが見えるとかそういう範囲内容のことではなくて)をもった人がいて、アンが赤ちゃんの時、「とてもユニークな子。サイキックなタイプだ」と言われたことがあります。
両目の間に赤と青の三角形が見えていたらしく、それがサイキックな能力につながっているとのこと。

アンが1つくらいの時、違う場で全く初めて会った人にも同じようなことを言われました。
アンの額と鼻の付け根のあう部分に、生まれつき赤っぽいわりと大きなマークがうっすらあったのですが、これは昔のいい伝えだと霊感的、サイキックな人で、3歳まで消えないと、その能力をもったまま大人になることが多いとのこと。

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それは一理であるけれど、とにかく生まれた時からどこか大人っぽく、いい意味で人や周りの空気を読める子で、反対にとても過敏。感受性が高いのです。


彼女なりに色々なことを感じ取って、きっとどこか人よりも我慢したりすることも多ければ、コントロールできないこともあるのだろうなあと、この5年見ていて感じていました。

子供なのに子供らしくいれないようなところも、公の場では多くあったのですが、
スクールに通うようになって、年齢もあるのか、だいぶ落ち着いてきました。

でも、満月の前になると、とても情緒不安定になります。
それは別に満月だからと意識しているわけでもなく、アンがおかしいのは大抵お月様が怪しい時と、後からふとわかるかんじ。
波動があるのでしょう。波のようにくるのです。

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昨夜も本を読んで、じゃあ寝ましょうと灯りを消した途端、
「ママ、人はどうやって死ぬの?」
と訊いてきました。
ばば(私の母)がアンが2つの時に他界したこと、日本の震災のこと、その日みた番組で母親が病にかかっていた内容があったことなど、色々なことを通して、小さいハートで感じているのでしょう。
たまにそういう「死」について疑問を投げかけるアンですが、
不安定な時、ここ最近は、「ママ達が先に死ぬのがいやだ」と本当にこわそうに口にする時があります。
昨日は突然、「ばばがいなくて淋しい。ばばにアンの絵を見せたいの」と大泣きし始めました。

ハートがきゅーっとなっているのが分かるので、ある意味「吐き出す」「浄化する」ような感じで、話すことで融いていきます。


私も幼い時、家族が大好きで両親が大好きで、大きくなって別々暮らすなんて考えられなかった。
想像しただけで心が痛かった。
「アンはママとダディーとウーと、ずっと一緒にいたいの」

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アンとウーがデイジーの花を摘んでは走って持ってきてくれ、
また向こうに行って摘んでは持ってきてくれ。

初夏のような日差しを浴びながら小さな2人の姿を眺め、
昨夜のアンの涙と言葉を思い出していました。

手の平でぎゅっと握りしめていたから、持ってきてくれたデイジーはぺちゃんこになっているものも多かったけれど。



真摯というのは、人のセンターから、我のないところから湧き出てくる何か。
性質やシステムや判断や理論などを越えたところから、自然にすっとまっすぐに突き出てくる何か。
大変な異常事態で困難なのはもちろんのこと。
計画や結果が伴わなくてはならないことも、心配。
でも、ハートから湧き出る言葉の重みが、真摯な思いが伝わってこない。
それは一言でいいから。
有言実行の責任など以前の問題で、今必要なのは本心からくる声、言葉だなと、日本の事態をも思う。
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by annebm | 2011-04-20 06:11 | ノートブック
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