家の夜明け。

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昨日はわけあって、切なくて悲しい気持ちになることが多く、一日中涙が止まりませんでした。
お皿を洗いながら、部屋を片付けながら、ぽろぽろと大粒の涙を流している私を何度もアンが慰めてくれました。
「oh...   *&^$#@QX@(^%...   ママ 座って、   %(@*$&%^@!!」
とアン語で話しながら、ほっぺや頭を優しくなでてくれたり
(座って落ち着けとも言っていたのかもしれません)、
最後には「fine, fine, fine!(大丈夫)」と念を押すように励ましてくれたり。
2歳目前にして、アンが私を慰めてくれることまでできるようになったことに感動して、今度は嬉しい涙。
泣いたらすっきりして今日は元気。アンに感謝です。



今年母が重い病気にかかってしまい、様々な意味で私達家族にとって変化の年になりました。

私の両親は私が3つの時、洋食器とインテリアをあつかう小さな店をオープンしました。
数年後父がフリーで他の事業を始めたので、その店のオーナーは母になり、今日までやってきたのです。
母が体を壊したことと、60歳を迎えたことで、25年間の歴史にピリオドを打つことになりました。f0037112_23491565.jpg
サラリーマンではなくて、商売をやっている両親の姿を物心ついた時から見ていた私は、いつも「大人になるって大変だなあ」と思ってたような気がします。
洋食器類がメインだった店も、母が日本国内で歩いて探した作家さんが増えていき、和食器や染めや織りの布なども並ぶようになりました。
多い時は毎月個展を開いていた店だったので、母は本当に毎日忙しく働いていました。
でもちゃんと私と姉の母親そして親友でもいてくれて、おいしいごはんやお弁当を作ってくれて、季節の催し物はちゃんとお祝いしてくれました。だから寂しいなんて思ったことがありませんでした。
さらに母は週一で絵画教室も開いていたし、趣味で陶芸をやったり絵を描いたり、山に登ったり、友達と会ったり、ビジネスと兼ねて旅行に出たり、本当にエネルギッシュな人でした。あまりにエネルギッシュ過ぎて、体を壊してしまったのかなと思わずにいられません。

今では大変ポピュラーですが、店を始めるずっと前からとりわけ北欧フリークだった父のおかげで、在庫となったアルネ ヤコブセンの『アリンコチェア』「セブンチェア』や、ポール ヘニングセンのランプシェッドが狭い家(本当に狭い我が家)にあったり、イタリアのアルフレックスの古いソファーなんてもうひどく変形しているのに今だに使われています。
私も幼くして紅茶を朝飲むようになってから、毎日食器棚からダンスクやアラビア、ロイヤルコペンハーゲン、ジノリやマイセン、ウェッジウッドなどの好きなカップ&ソーサーを選んでいました。
テーブルウェア、インテリアをあつかう店の子供として、小さな頃からいいものを見れて、触れさせてもらったことに、今とても感謝しています。もちろん子供の頃食器なんて、家具なんてどれも同じ。今だからこそ実家に帰ると、「え〜、これ頂戴〜!」ってなるのです(笑)
でもそんな一見華やかそうな店も、実際は地味でシビア。両親の苦労を見て育ってきたので、それだけは分かっています。大都市ではなく、地方の小さな店。この店なしでは、私も姉も今の生活はなかったのだと思うと、二人の苦労に頭が上がりません。
その店を今月で閉めることになって、今母は休む間もなく働いています。
体調もあまりよくないというのに、最後のセールで25年間のお客様に感謝をと。姉の報告によると毎日大盛況で列ができるほどだそうです。
私は今ここで何もできずにいることに、とてもフラストレーションを感じながら、そして懐かしい店の思い出に切なくなりながら、過ごしています。
オーナーとしてやってきた母にとって、きっとここを閉じるということは、大きな転機となることだと思います。
あるヨーロピアン語で『家の夜明け』というのが、この店の名前でした。
『家』は閉じてしまうけれど、また朝日がのぼって、新しい日を迎える我が家です。

長〜い文章を最後まで読んで下さった方、ありがとうございました^^
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by annebm | 2007-11-08 23:52 | ノートブック
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